2022年12月28日から2023年1月3日に伊勢丹新宿店での個展を控える 宝居智子(ほうきょ ともこ)さんに、福福堂の編集部がインタビューをしました。
幼い頃から描いていた
――本日はよろしくお願いします。さっそくですが、宝居先生と絵との最初の出会いをお聞かせ下さい。
両親の話によると、2歳ころから絵を描いていたそうです。幼い頃の私はずっと楽しく絵を描いていました。なにかに影響されるわけでもなく、食べる・寝ると同じような感覚で、息をするように描いていました。その感覚は今に至るまでずっと同じです。私にとって描くという行為は呼吸をすることと同じくらいに大切なことです。
私は千葉県の松戸市で育ちました。松戸に有名な桜通りがあって小さい頃はその桜を観察しながら育ちました。当時は植物のスケッチをしたり、女の子の絵を描いていました。
小学校2年生の頃より絵画教室へ通い、静物画や人物画を学び始めました。
松戸には縄文時代の遺跡がありました。公園に博物館が隣接していたので、幼い頃から古代への憧れを抱きつつ過ごしていました。自分への歴史のつながりが知りたくて祖父に『家族の歴史を調べて欲しい』なんて聞いていました。
あとは両親が美術館や博物館へよく連れて行ってくれたので小さい頃から本物の絵画を見る機会が多かったです。
――歴史好きで絵の好きな性格は小さい頃から変わってないのですね。
かもしれません。
――日本画を始められたきっかけについてお聞かせください。
子どもの頃は油画へ進もうと考えていたのですが、中学生の頃に東京都国立博物館で横山大観の「無我」を観た時に、日本画の繊細な表現に惹かれて日本画へ進むことを決めました。
高校は女子美術大学の付属高校へ進学し、卒業後は同大学で日本画を学び、卒業後は、伝統的な日本の自然をテーマに作品を発表して行きました。
作風を変えたきっかけ『カザフスタン』
――宝居先生は2014年にカザフスタン共和国初代大統領博物館で個展をされました。来場したカザフスタンの方々は先生の作品にどのような反応をされていましたか?
当時、私自身の描いた作品は着物を着た人物像や、背景が金箔という伝統的な植物画を描いていました。ひと目で見て『ジャポニズム的』と分かる表現となっていました。カザフスタンの方々にとって日本といえば『浮世絵、葛飾北斎、侍』の印象が強いようで、いただく感想もそれらに関するものが多かったです。
しかし当時私が本当に伝えたいと思って描いていたものは目で見てわかる伝統的なものではなく、自然観や日本の精神性といった部分でした。それを伝えるのが難しかったんです。
私はカザフスタンに住んでみて、カザフスタンの人々の自然観と日本人の自然観との違いに気づきました。目に見える伝統的なモノよりも、日本で育って培われていた精神性や自然観という形の無いものが海外へ行ってみて浮き彫りにされてきたんです。そういったものを内包した作品を描いていたつもりでいたのですが、それを、『どのように伝えたら良いのだろうか』と考え込んでしまいました。
2014年当時は個展が年に4回開催され、グループ展も3回ほどあったと思います。私はずっと制作をしていて、思索する時間は無くなっていました。『もっと違う深い部分も伝えたかったなあ』と今では思います。
その当時私は古典的な作品を描いていましたが、『違う作品を制作してみたい』という考えが既に頭によぎりはじめていました。
かつては『明らかに目で見てわかる伝統的なものに着目して描く』という制作のスタンスでした。現在は『内面的なものに着目して描く』という制作のスタンスへと変化しました。それはいまお話したようなカザフスタンでの生活や出来事が流れとしてあったからかもしれません。
――リアリティのあるお話です。精神性や自然観といった『内面的なもの』を海外の人に限らず他者に伝えようとすると、芸術家にとってそれはやはり『作品』を通じてということになりますか?
『作品』は言語を経ずにダイレクトに伝わりますよね。観る人それぞれバックボーンが異なるので『作品』を受け止める解釈は異なるでしょうけれども。それもまた面白いのです。言語の壁や隔たりを超えられるのが『作品』の良いところだと思います。
触発(インスパイア)
――宝居先生は作品制作をする際に北極の『氷河』が融解する様子や、『地層』の形状などに触発されたそうですね。
私の作品は抽象ではなく『半抽象』だと思っています。
目に見えたものを自分の中で咀嚼して、違う形で可視化させる。切っ掛けとして色んな形象にインスパイアされています。いろいろな自然物、石とか地層とか自然界の中にあるときめくような模様や柄にインスパイアされています。
――他にも先生が着想を得る切っ掛けはありますか?
目に見えない事柄からも作品の着想を得ています。例えば書物で読んだ、古代から伝わる自然観や生物学にかかわるような事柄からも着想を得たりしています。
――民俗学者の柳田国男や折口信夫の著作にも触発されたと伺いました。
そうですね。彼らの民俗学に関する書物を読む理由は、言語化されにくい各地の思想や哲学がどのように可視化されているのかを知ることができるからです。
例えば『神聖なる森』といったような自然観もそうですね。あとは、着用する衣服からも自然観を感じ取ることができます。土地土地の祭りでは身体表現が伝承されていますね。目に見えない自然観や思想のようなものを身体表現を使って可視化させているといえます。
私の作品制作もその身体表現と似ている部分があります。『目に見えないがずっと伝わってきたもの』を可視化させようとしている点です。そういう意味で、可視化させた成果物として例えば『身体表現』と『絵画』とでは異なりますが、触発される部分があるのではないか思います。
――よくわかりました。民俗学者の書籍を読むだけでなく、実際に現地へ取材に行くこともあるのでしょうか。
沖縄の自然に対する考え方を知りたくて沖縄へ取材に行きました。沖縄の方々の自然との関わり方は独特でした。
日本以外の島国の自然観に興味。尽きることのない創作意欲と好奇心。
――先生が近々予定している取材先や制作についてお聞かせいただけますか?
これまで私は日本の自然観に着目して作品制作していたのですが、日本以外の島国の自然観はどのようなものかという事に今は興味が湧いています。
例えばイギリスは日本と同じ島国ですね。私は2023年から現地に住む予定です。イギリスの民話・神話は日本のものと共通する部分があり、そういう感覚も現地へ行って体験したいです。
あとはアイスランド(註 アイスランド共和国はイギリスとグリーンランドの中間に位置する島国)の取材も考えています。アイスランドには火山と温泉があり日本と似ています。そうして日本以外の島国に行き現地の自然観を体験する中で、日本との比較をしてみたい。そしそれを踏まえて新作を作りたいと思っています。子供の頃からの『制作の楽しさ』という感覚は今もずっとあります。日本だけでなくどこの国に住んでいても、私は制作して楽しみたいと思っています。
――宝居先生は作品を様々な国や地域で発表されていますね。世界の人に対して伝えたい事など考えていることがあればうかがいたいです。
作品を色んな人に見てもらいたいと思います。
私には『作品を通して自分が見たことのない景色を体験したい』という好奇心が強くあります。自分の能力はそんなに無いのですけれど、自分が何処までできるのだろうか、その可能性を確かめたいと思っています。
――私は宝居先生の新作を見たときに、多くの絵画を見てきたはずなのに、今までに見たことのない物を見た感覚になりました。『この感じは何だろう?』と作品自体を体験した気がします。宝居先生が仰る『作品を通して自分が見たことのない景色を体験したい』とはそういうことなのでしょうか?
今まで見えなかったものを作品で可視化させたい、そしてその作品を体験したいということはありますね。
その他に、作品の展示方法についても、自身の今までとは異なる見せ方を試して行きたいと思います。
また、そういった作品や展示が、新しい出会いを生んでくれるように思います。
あとは、制作中にも新しい発見や体験があります。最近は極力無意識になるようにして描いています。その中では偶然性が新たに生まれます。その発見も新しい景色であり楽しみです。
つまり自分がまだ見たことのない、ここにはまだ存在していない事柄があると思っていて私はそれに惹かれています。そしてそういう好奇心を大事にしていきたいと思っています。
――今日はありがとうございました。伊勢丹新宿店での個展を楽しみにしています。
〈了〉
(インタビュアー 福福堂編集部)
作品解説1
The Flow of Time_E_7
宝居智子
アクリル、七宝焼、綿布、パネル 20号M
2020年にコロナ禍で都市封鎖を行った世界各地の都市で青空が戻ったというニュースがあった。自然と人間との歪な関わりを暴くような来事だった。本作の題名『The Flow of Time』は『時の痕跡』という意味。空の色に象徴されるように現在私たちの目の前にあるものは、過去から現在までに自然と人間の関わりの中で残された時の痕跡だ。
本作をはじめとして作者は近年作品のなかで『青』を多用している。作者にとって青は自然の象徴だという。作品中には青以外の色も使用されている。それらは青い自然に対して、人間の作った物や形のない自然観を表しているように感じる。
作者は自分の作品を『半抽象的』と語る。作品中の幾何学模様や図形は、作者が自然を取材する中で見出した形だ。それらの形を再構成する際に、作者の生まれ育った日本の自然観や哲学が無意識の裡に作品に顕れるはずだ。これから先の私たちに必要なものが表現されている気がする。それを鑑賞したいと思う。
(作品解説・福福堂)
作品解説2
Traces of Time_E_2
宝居智子
七宝焼、アクリル絵具、綿布、木製パネル
S0 号Φ18cm
2022年春に開催された宝居智子展で、作者は次のように語っている。
現在、世界中で猛威を振るう新型コロナウィルスによる世界的大流行は、私たちの社会と日常生活を一変させました。(中略)私に出来る手段は、幼い頃より好きな歴史から、人類の歩んできた痕跡を辿り、現在と未来を思索し可視化することです。それは、具体的な答えを求めているわけではありません。私は、答の無い問い、どうしようもない事柄に興味や魅力を感じています。そこには、人類が無意識で行う根源的な何かが見えてくるのではないかと思っています。
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2歳の頃から絵を描いていた作者にとっても、言葉を十分に話す前から絵を描いていた人類にとっても、描くことが根源的な行為であることがわかる。
長い年月の自然現象の結果、あのような形象に至った地層や石は、過去・現在・未来の自然の歴史を語ることができる。
同様に、細い面相筆で無意識に描く行為を経て生まれる作品は、私たち人類に備わる根源的な力を語ることができる。
地層のように描かれた画面の上には、地層の上にこぼれた雫のような七宝がある。七宝は作者の先祖の職業(鉄砲鍛冶職人とガラス職人)とリンクさせた技法である。七宝は作者自身の時の痕跡を表すものだ。作者は、絵画だけでなく七宝を制作しても作者は類稀な才能と技術を持っていることが作品から分かる。
この作品では地層のような人類の時の痕跡と、作者自身の時の痕跡である七宝が影響を与えあい共存している。それについて考察することは、我々が自身について考察する際の手がかりとなってくれる。
(作品解説・福福堂)
プロフィール
宝居智子
TOMOKO HOKYO
現代美術家
1984年 千葉県出身
2007年 女子美術大学美術学科日本画専攻 卒業
東京都在住
Solo Exhibitions
2009年 初個展(月光荘/銀座)
2012年 個展「花蝶画-SAKURA-」展(ドラードギャラリー)
2013年 個展「東風育生-こちいくせい-」(万画廊)
2013年 個展「アジアに生きる命」(伊勢丹浦和店)
2013年 個展「伝統美」(三越銀座店)
2014年 個展「日本と中央アジアを結ぶ新しい日本画」ギャラリーオープン記念(ちばぎんひまわりギャラリー)
2014年 個展「-野に咲く花とカザフスタンの子どもたち-」(万画廊)
2014年 個展「日本の美」(カザフスタン初代大統領博物館)
2014年 個展「花蝶絢爛」(伊勢丹浦和店)
2016年 個展「深花」(アートフェア東京/東京国際フォーラム)
2016年 個展「増殖の行方」(ルネッサンスホテル・アティラウ/カザフスタン)
2017年 個展「愛と乙女」(三越銀座店)
2017年 個展「The Secret Garden」(万画廊)
2019年 個展「わたしと宙と植物の世界」(三越銀座)
2022年 個展「時の痕跡」(ちばぎんひまわりギャラリー)
2022年 個展「Traces of Time」(ヒルトピアアートスクエア)
Exhibitions in past
2006年 遠藤豆子・宝居智子二人展(銀座 月光荘)
2008年 WOMAN展女子美日本画グループ展示(Jトリップアートギャラリー)
2008年 遊美2008・美術大学在学生、卒業生による合同展示(タワーホール船堀)
2010年 遊美2010・美術大学在学生、卒業生による合同展示(タワーホール船堀)
2010年 アートイマジネーション展・合同展示(NHKギャラリー)
2011年 光の展・グループ展示(銀座ぎおん石)
2011年 小さな絵の大博覧会(ドラードギャラリー)
2011年 東日本大震災チャリティー展示(The Artcomplex Center)
2011年 東日本大震災チャリティー展示(横浜)
2011年 東日本大震災支援「THANK YOU展」(ドラードギャラリー)
2011年 女子美術大学OG展(The Artcomplex Center)
2011年 遊美2011・美術大学在学生、卒業生による合同展示(タワーホール船堀)
2011年 百花繚乱展(The Artcomplex Center)
2011年 蚕雅展・小作品展示(銀座おうぎや)
2011年 カナダ「トロントアートフェス」(カナダ・トロント)
2011年 Young Japanese Artists 2011(ニューヨーク・マンハッタン)
2012年 蚕雅展-新日本画古典研究会-(銀座 月光荘)
2012年 アールデビュタントURWA2012(伊勢丹浦和店)
2012年 コレクター山本冬彦が選ぶ 珠玉の女性アーティスト展(三越銀座店)
2012年 日本画女流画家 艶姿展(ギャラリーショアウッド)
2012年 URUTORA 005(スパイラルガーデン)
2013年 日本画三人展「春宵一刻」(ギャラリー上原)
2014年 華やぎの色 絵画三人展 (伊勢丹新宿店)
2014年 第二回蚕雅展・東京展 (ギャラリーショアウッド)
2014年 第二回蚕雅展・千葉巡回展(行元寺)
2015年 中原亜梨沙・宝居智子二人展「華やぎの色」(伊勢丹新宿店)
2015年 宝居智子展(アルマティー国立中央博物館)
2015年 女子美術大学付属高等学校・中学校100周年記念(上野の森美術館)
2016年 新春日本画6人展(The Artcomplex Center)
2016年 青晴会日本画展(横浜・大阪・京都高島屋)
2017年 青晴会日本画展(横浜・大阪・京都高島屋)
2018年 ブレイク前夜展(Bunkamura Gallery)
2018年 青晴会日本画展(横浜・大阪・京都高島屋)
2018年 三越逸品会(日本橋三越)
2018年 中沢梓・宝居智子二人展(伊勢丹新宿店)
2018年 Christmas ART session(横浜高島屋)
2019年 『美人画づくし 弐』出版記念展(ギャラリーアートもりもと)
2019年 ブレイク前夜展 (六本木ヒルズA/Dギャラリー)
2019年 青晴会日本画展 (大阪・新宿高島屋)
2019年 Art Expo Malaysia
2020年 グループ展示「ブレイク前夜展 小山登美夫セレクションのアーティスト38人」(代官山ヒルサイドテラス)
2020年 グループ展示「The Girl」(三越銀座店)
2021年 グループ展示「たからもの for おくりもの 2021」(BIOME Gallery)
Awards
2007年 女子美術大学日本画専攻総代卒業「加藤成之記念賞」受賞
2009年 芸術センター公募展 入選
2010年 ドラード国際芸術文化連盟「創作表現者展」音楽家の選ぶ絵画賞 受賞
2011年 第22回臥龍桜日本画大賞展 桜入選
2016年 チェルノブイリ事故30周年・2017年アスタナ博記念「国際芸術家コンクール」 3等受賞
Workshop
2013年 日本画ワークショップ・子どもの部/大人の部(青山学院大学)
2014年 カザフスタン日本画ワークショップ(アスタナ日本センター)
2014年 カザフスタン日本画ワークショップ(カザフスタン初代大統領博物館)
2015年 日本文化デー日本画デモンストレーション(アルマティー/国立中央博物館)
Media
2012年 週刊ポスト(6月22日号)
2014年 進路ナビ(女子美術大学卒業生として)
2013年 朝日新聞(8月14日)
2014年 東京新聞(3月29日)
2013年 毎日新聞(8月9日)
2014年 千葉日報(4月4日)
2013年 埼玉新聞(8月26日)
2013年 東京新聞(12月26日)
2014年 毎日新聞(1月23日)
2014年 千葉テレビ2014年カザフスタンTV出演、その他ニュース番組インタビュー、新聞雑誌掲載
2014年 アートコレクターズ1月号表紙/生活の友社(12月25日)
2015年 産経新聞(5月21日)
2015年 東京新聞(5月22日)
2015年 COOL JAPAN2015年 外務省Webの「世界の学校を見てみよう」
2016年 JICA(国際協力機構)のインタビュー
2016年 FMヨコハマ「Next artlogue」
2016年 BSフジ「ブレイク前夜」
2018年 アートコレクターズ8月号表紙/生活の友社(7月25日)
2018年 フジテレビ「1Hセンス」
2018年 日本放送「ENTERTAINMENT NEXT!」
2019年 FMヨコハマ「FUTURESCAPE」
2019年 J-WAVE 「J-WAVE TOKYO MORNING RADIO」
2020年 bayfm 「MOTIVE!!」
Public collection
(以下敬称略)
株式会社 千葉銀行
カザフスタン初代大統領博物館
株式会社 めいとケア
カザフスタン戦争障害者中央病院
梓川診療所(松本市)
その他個人蔵
Other Work
2015年 千葉銀行カレンダー
2016年 中村彰彦 著「疾風に折れぬ花あり」装画担当(装丁:菊池信義)PHP研究所
正寿院天井画/正寿院(京都/宇治田原町)
客殿天井画の160枚のうち17枚を制作。
宝居智子さんの展覧会情報
宝居智子 個展「時の痕跡」
伊勢丹新宿店 本館6階 アートギャラリー
2022年12月28日(水) ~ 2023年1月3日(火)
午前10:00-午後8:00
[12月31日(土)午後5時終了・1月1日(日・祝)店舗休業日・最終日午後6時終了]
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